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凪待ち [映画]

nagimachi-p.jpg



これほど観た後に考えることをやめられない作品は久しぶりです。

いろんな想いに溢れて書き留めておきたいと思いながら、
言葉にするとうまくまとめきれなさそうでもどかしくあり、
自分の感情に向き合うことも多くて胸が苦しくてしかたがなくもある。
クソ野郎もそうだったなかな。無限もちょっとそういうところあったかな。

今もどう書くかと考えながら、
とりあえず赴くままに書いてみます。
書き始めないと仕事がままならないから(笑)。




甘ったるい声の母性本能をくすぐる郁ちゃんが、
それまでもきっと決してなだらかではなかっただろう道を
さらに下へ転げ落ちて行く様が切なくて悲しくて虚しくてしかたなかった。

本人の責任が全くないとは言えないだろうけど、
生きてると自分ではどうにもできないことがあるもんです。
どんなことが起きてもうまく切り抜けて生きてきたような人はたぶん、
頑張りが足りないとか、意志が弱いとか、生まれながらのことなんだよとか、
色々と理屈をこねて批判や否定や植付けをしたりするだろうけど。

罪悪感というのは恐ろしく厄介なものですよね。
心に一度芽生えるとなかなか消し去ることができない。
結果そうなってしまっただけでその人が悪いわけではなかったとしても、
あの時こうしたからあの時ああしたからと関連づけて悪化していく。

それが苦しくて誰かを責めてしまったり、
それを消し去りたくて何かにのめり込んだり。

そんなつもりではなかった。そう、そんなつもりではなかったんだよね。
だけど、誰かにそうだと言われたらそうなんだと思い込んでいく。
そんなことはない。そう、そんなことはないんだよね。
だけど、誰かにそうだと言われたらそうなんだと思い込んでいく。

自分が悪かったんだ。自分のせいなんだ。
自分がそうなればよかったんだ。自分がそうなれば誰かは救えたんだ。
そこに当たり前にあった大切なものが理不尽に奪われた時ほど、
罪悪感というのは大きくなっていくような気がする。

その罪悪感を全く消し去ることは難しくても、
少しでも和らげ前に進めるようにするのはやはり人との出会いや繋がりなのかな。
誰かの大切な人へ向ける優しさ。ほんのちょっとでも。

家族とか恋人とか友人とかではない他人に、
どんな時も優しくあろうとするのは簡単ではないことです。
でも、あの人も誰かの大切な人なんだと想像することで生まれる優しさが、
誰にでもほんの少しでもあれば、世の中はもっと生きやすくなるのかもしれません。

がしかし、その優しさが実は…なことにもなった。
吹き荒れていた風が少しづつ穏やかになりかけてた頃だったのにね。
なんとなくそうじゃないかなぁと予想はしてたけど、
そこで郁ちゃんの心をさらに侵食するとは容赦ない脚本だこと(褒めてます)。

郁ちゃんがある所を狂ったように破壊していった気持ちはなんとなくわかる気がしてしまった。
刑事やヤクザの言う、生まれつきとか、根っからとか、その言葉に引っかかっていて、
きっと郁ちゃんの心にもぶすぶすとずっと刺さってたんじゃないかな。
きっかけは別のことだけど、そんな小さなことも罪悪感をさらに加速させたとは思う。

壊すことで自分はそうなんだと肯定してしまいたかったのか、
壊すことで自分はそうではないと否定したかったのか。
どっちだったのかはわからないけど…。

それでもやはり人を救うのは、誰かの大切な人と想って生まれる優しさなんだろう。
救われるにはその優しさで自分も誰かの大切な人ということに気づき、
誰かの大切な人が、次第に自分の大切な人にもなっていけるかなんだろう。

2人の前で子供のように咽び泣く郁ちゃんにはホッとしたよ。
よかったあんなに泣けて。泣くことができて。
あんなに泣く姿を見せられる人が周りにいてくれて。
3人が一緒に生きてこうと思ってくれて…。

事件が起きてからもうなんか泣きっぱなしだった。
郁ちゃんがクズにクズを重ねるたびにあぁ〜と苦しさが増して、
涙が流れては拭き、涙が流れては拭き、その繰り返し。
こんなに周りを気にせず泣いたのは、マディソン郡の橋以来だろうか(←おいその映画かい!)
この映画で自分があったかい涙を流せたことにも少しだけホッとした。


あまりに絶望することが起きてしまったときにこれからどうしたいかと聞かれても、
わからないという美波の言葉以外には何もないんだろうと思った。
周りから見れば微笑ましく美しい光であっても、
側に行かず遠目から新しい命を見て立ち去るあんな郁ちゃんの姿を見てしまったら
自分を蔑む光としかならないこともあるのかもしれないと感じた。

私はわからなくなった人や光を見つけられない人を見守る優しい人でありたいです。
運よくって言ったらいけないかもしれないけど、
苦しみもがきながらも生き続けていく先で、誰かに出会い、もしくは何かと出会い、
それが一瞬でもいいから希望を持つ光となったらと願います。

希望が誰かとの約束という名の生きる楽しみになったらより幸せですね。
大切な人を亡くしても約束は生き続けてるかもしれないし、
また新たな約束が生まれるかもしれません。



さて、香取慎吾ですね。
そこに触れないわけにはいきません。

よかったですよ。
いやぁ〜めっちゃめちゃよかった。
慎吾くんが様々演じてきた役の中での心の持って行かれ度は、
郁ちゃんが恐らく過去1じゃないかなと思う。

最初に甘ったるい声を聞いたときは正直どうなのよ~だったのですが(←ごめんよ。笑)。
それが見て行くにつれてとても重要なことなんだなとわかり、
競輪仲間からの電話の時にその声を聴きながら
その甘ったるい声がその人の大切だったんだなと知って、
その人のそのバットはおいおいいったい何に使ったんだよ〜と想像して怖くなって、
私もその甘ったるい声が大好きなんだとどうしようもなく涙ボロボロ流れた。

確かに今までにない香取慎吾だと思ったよね。
でも、見たことのない香取慎吾ではないようにも思ったよね。
見せてこなかった香取慎吾と表現してた方いたけど確かにそうだと思ったよね。
でも、そうだけどそうではないような感じにも思ったよね。

郁ちゃんのなかに香取慎吾を見て、
香取慎吾のなかに郁ちゃんが見えたよね。

それはどうしてだろうとずっとあれこれ考えて、
もちろんファンとしてずっと見てきたからと言うのも大きいだろうけど、
個展(絵)の存在がけっこう大きかったような気がする。
慎吾くんの絵は慎吾くんの心の中そのものでもあって、
あそこまでさらけ出したものを見せてくれたから。

慎吾くんは以前から闇が深い人で、
得体の知れない謎なところも多くある人で、
それでも人前ではいつも太陽のような笑顔でいる人で、
その分だけ闇の深さがとてつもないだろうと感じてしまう人で。

見せてこなかった香取慎吾だから実際には見えてないのだけど、
香取慎吾の絵から感じてたものを見てきたかのように想像していくことで
見えてないものを見てきたように感じたのかもしれない。

だから、郁ちゃんを演じる香取慎吾も、
私にとってはずっと応援してきた香取慎吾に変わりなく、
もう今までのようなキラキラなアイドルでなくなったわけでもなく、
アイドルだったからこんな役はやれなかったというわけでもないのだと思った。

郁ちゃんは光と影を纏うアイドル香取慎吾だから演じられたのではないかな。

ただ、あぁいまこのときのこの道でこの点なんだなぁ…と。
見終わって香取慎吾について考えた時に、
そのことに関してはとても嬉しく感動を覚えた。

慎吾くんが様々出演してきた作品の中で特に好きな役がいくつかあって、
思い返す時にそれを大まかな点として結んでいって
今度はこうきたかぁと考えることがよくあるんだけど。
もちろん慎吾くんだけじゃなく他のメンバーもみんなそうだけど。

その好きな役の1つが人類資金の役で、
あの当時は好きでありながらもいろいろ思ってたことがあった。
その役にではなく香取慎吾にもどかしく思うところが多くあったっけねぇ(笑)。
それを思い出すといまのこの道でこの点となったことはとても嬉しい。

その点は自分で打ちたいと思っても簡単に打てるもんではないだろうから。
そりゃあ吾郎ちゃんも興奮して滅多にしない電話をしてくるよ。
私が過去1だと思うぐらいなんだからすごいことなんだよ(←なんだその上から目線。笑)
エンタメ界の人がこれを観たら、きっと羨ましく悔しく思うんじゃないかな。

あーなんだよ憎ったらしいよ末っ子。
いやいや末恐ろしいよ天才。
どこまで行くんだよモンスター。

どれも褒め言葉です(笑)。

慎吾くんは本当に周りに愛されてるんですよね。
演じることがあまり好きではないと言ってしまってるのに、
プロデューサーの椎井さんがいて、加藤さんが書いた脚本が届き、
郁ちゃんを周りから形作る役を演じる多くの役者さんが集まってくれて、
白石和彌という監督さんが多くのスタッフさんらと共に素晴らしい作品に仕上げた。
それ以外にも尽力した方が数多くいたことだろう。

誰かの多くの大切な人であるということを自負しながら、
これからも自分を大切にエンタメ界でいい仕事してほしいと願います。



なんだろう熱く語りすぎたな。あー恥ずかしい(爆笑)。




あっ、そうそう日曜の初日舞台挨拶3日目で観てきたの。
金土は仕事があったので日曜の夕方かレイトで行くつもりでいたら
ちょうど舞台挨拶があって行ける劇場だったから
これはもしや私に行けと言ってるのかな?
と勝手に解釈したらチケ取れてしまった神様ありがとう。

写真は撮らなかった。
ポージングとる姿を見てたかったので。
大丈夫さ心に焼き付けてあるから撮らなくても…。

遠目でライトも暗めなんで少々見えにくいのは残念だった。
流山おおたかの森さん登壇する際はもう少しでいいから明るくしてくれないかな。
慎吾くんが汗だくになってしまわないように気をつかったのかな(笑)。
それでも明らかに異次元にかっこいいことはよくわかった。


nagimachi-nagareyama.jpg


(追記)
ライビュやることが決定したと舞台挨拶の最中に報告があって
みんなに伝えて!って言われたのにすっかり忘れた。
舞台挨拶のチケはもう終了になっちゃったけど、
生中継のある劇場は全国たくさんあるので近い方などぜひ。

詳しくはこちら→ ライビュ
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